関守 海斗 EPISODE 00
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あの日、無我夢中で救った命――
30年目の班長が胸に刻む、原点の記憶。

1995年1月17日、午前5時46分。地鳴りとともに街が一瞬で崩れ去った、あの日。

あちこちから立ち上る真っ黒な煙と、灰色の粉塵。どこからともなく聞こえる途切れ途切れの悲鳴と、悲痛な叫び声。当時21歳だった関守海斗は、目前で潰れた家屋の前に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

昨日まで当たり前にそこにあったはずの商店や民家は形をなくし、視界を埋め尽くしているのは折り重なった柱と砕け散った瓦の山。目の前に広がる現実離れした「別世界」に、完全に足がすくんでいた。頭の中は真っ白になり、指一本動かすことができない。何をすればいいのかも、何が起きているのかすら分からない。肺が締め付けられるような圧倒的な恐怖とショックの中で、関守はただ惨状を呆然と眺めることしかできなかった。

その時、静寂を切り裂く悲痛な叫びが、関守の鼓膜を直接突き破った。

「綱敷さん助けてくれ! うちの息子が……! 中に潰されてるんだ!!」

血走った目をした近所の住民が、なりふり構わずすがってきたその先――倒壊現場へ真っ先に雪崩れ込んできたのは、地元で酒屋を営む分団長(当時)の綱敷恒一だった。

恒一は崩れた屋根の隙間、粉塵が猛烈に舞う瓦礫の暗闇に迷わず顔を突っ込んだ。「息はあるか! 聞こえたら返事をしろ!」と叫び、奥から届く微かな幼い泣き声を聞き取るやいなや、腹の底から怒号を張り上げた。

「大地! バールだ! 詰所から持ってこい! 走れ!!」

駆け寄った息子の綱敷大地が、汗と煤(すす)に塗れた手で重い鉄のバールを握りしめて現場へ突っ込んでくる。恒一の鋭い視線が、瓦礫の横で固まっていた関守の姿を捉えた。

「兄ちゃん、手伝ってくれないか!
あんたのその長い腕なら、奥まで手が届くだろ!!」

その怒声が脳を強烈に揺さぶり、関守はハッと我に返った。全身の血が一気に逆流するのを感じる。
「助けなきゃ――! 俺が行かなきゃ死んでしまう!」
恐怖も躊躇もすべて吹き飛び、関守は泥と瓦礫の破片の中に膝から飛び込んだ。

「よし、バールを差し込むぞ! 支えろ大地!」
恒一と大地の親子が、青筋を浮かべて死に物狂いで重いバールを瓦礫の隙間にねじ込む。
「うおおおっ!!」「頼む……持ち上がれぇぇっ!!」
二人の血管が切れんばかりの叫びとともに、ミシミシ、ピキピキと木材が悲鳴を上げて、幼い子どもの上を覆っていた巨大な梁(はり)がわずかに持ち上がった。

「今だ!! 手を突っ込め! 子どもを掴めぇっ!!」

「うあぁぁぁっ!!」
関守は無我夢中で、鋭く尖った木くずや瓦の破片が皮膚を切り裂くのも構わず、瓦礫の暗闇奥深くへ己の長い腕をむしゃくしゃに突き動かした。手探りで奥へ、さらに奥へ――指先が触れたのは、冷たく震える、小さな小さな子どもの手だった。

「つかんだ! つかみました!!」

「絶対に引き抜け! 死んでもその手を離すなよ!!」

爪が剥がれ、腕が擦り切れるのも忘れて、小さな腕を力任せに握りしめ、死力で自分の手元へと引き寄せる。瓦礫の隙間から滑り出てきた幼い身体を、関守が自分の胸の中に強く抱きすくめた瞬間――限界を迎えた親子のバールが弾け飛び、ドスンと凄まじい音を立てて巨大な屋根が崩れ落ちた。まさに一秒の猶予もない、間一髪の救出劇だった。

泥と汗と血にまみれ、肩で激しく息を吐きながら地面にへたり込む関守。助け出せた安心感と極限の緊張から、体の震えがしばらく止まらなかった。
そこへ、息子の大地が崩れた店の売り場から必死でかき集めてきた、冷たい酒屋のジュースを差し出してきた。

震える手で瓶を受け取り、渇いた喉を鳴らして飲み干しながら、死線を超えた気迫で現場を指揮した恒一を仰ぎ見、関守は掠れた声で問うた。

「おっちゃん……何者なん……?」

「ただの酒屋だよ」

普段は街の気さくな自営業者でありながら、いざという時には命がけで誰かの明日を守るヒーローになる。
手渡されたジュースの温もりに涙が滲み、腕の中に残る命の感触が温かく重かった。

呆然と立ちすくんでいた21歳の若者の心に、「自分のこの手で、人を救う側の人間になる」という生涯消えない情熱の炎が灯った瞬間だった。あれから30年。班長となった関守海斗の胸には、いまもあの日の温度と気迫が鮮烈に生き続けている。