「もし目の前で誰かが倒れたら」――
AED講習で出会った温かい手と、18歳の決意。
青い海と白い砂浜が広がる神戸市須磨区で育った海野しおり。

高校2年生の秋、部活動の帰りに近所の公園で偶然見かけた「地域防災訓練」。普段何気なく通り過ぎていた広場に真っ赤な消防車と青い制服姿の人々が集まっているのを見て、しおりは吸い寄せられるように足を止めた。
小寺真由との出会いとAED体験
「高校生の方ですか? よかったら、AEDの体験コーナーをのぞいてみませんか?」
声をかけてきたのは、明るい太陽のような笑顔を浮かべた女性消防団員――小寺真由だった。
勧められるまま救命講習のマットの前へ正座したものの、しおりは人形を前にして身体を固くしていた。
「もし本当に目の前で人が倒れたら……怖くて何もできない気がします」
そんなしおりの不安を察したように、真由は優しく目線を合わせ、そっと寄り添った。
「誰でも最初は怖いよ。でもね、完璧じゃなくていいの。あなたのその手が、誰かの命をつなぐ最初の一歩になるんだよ」
真由はしおりの手を包み込むようにして、胸骨圧迫の正しい姿勢やリズム、AEDのパッドの貼り方を手取り足取り丁寧に教えてくれた。電子音が響く中、一生懸命に手を動かすうちに、しおりの中で「私にも、誰かを助ける手が作れるかもしれない」という小さな温かい火が灯っていった。
綱敷恒一との世間話と、公務員としての安心感
AED体験を終え、額の汗を拭うしおりにパイプ椅子から温かい視線を送っていたのは、須磨消防団の大先輩・綱敷恒一だった。
「見事な心肺蘇生やったな、お嬢ちゃん。筋がいいわ」

恒一は豪快に笑いながら、ペットボトルの茶を手渡してくれた。「高校生か? 部活は何しとるんや?」といった何気ない世間話の途中、しおりはさっき優しく教えてくれた真由の後ろ姿を見つめながら、ふと口にした。
「あの……消防団って、男の人ばかりの力仕事だと思っていました。女性でも消防団っているんですね」
すると恒一は目尻を下げて頷いた。
「おお、おるで! 今は女性の団員さんも大活躍しとるんや。応急手当講習や避難所でのサポート、子ども向け防災教室なんかは、女性ならではの細やかな目線がめちゃくちゃ頼りになるんやで」
そう言って恒一は、消防団の仕組みについて分かりやすく教えてくれた。
「消防団ってボランティアと思われがちやけどな、実は『非常勤の特別職地方公務員』なんや」
「ちゃんと年額報酬や出動手当も出るし、万が一怪我した時の公務災害補償制度も被服の貸与もしっかりしとる 。学業や仕事が一番優先やから、無理のない範囲で若者が成長できる場所なんやで。就職活動でも『学生消防団活動認証制度』でしっかりアピールできるしな」
「女性でも力になれる場所がある」「公務員としての責任と補償がある」という言葉に、漠然と抱いていたハードルがすーっと消えていくのをしおりは感じていた。
18歳、須磨消防団への第一歩
「もし目の前で誰かが倒れたら、自分は何ができるんだろう」――
真由の温かい手と、恒一から教わった安心感。あの日の記憶が、高校卒業後も胸から離れることはなかった。
神戸市内の女子大学(地域防災・地域福祉専攻)に進学し、18歳を迎えた春。しおりは迷わず須磨消防団への入団を決意した。
「学業やアルバイトと両立できるかな」という不安もあったが、詰所で再会した真由や恒一をはじめ、世代を超えた仲間たちが「自分のペースで無理なく参加したらええんよ」と温かく迎え入れてくれた。
学びながら、街を守る存在へ
放水訓練や応急手当訓練、地域の防火巡回。そして大学生活。多忙ながらも充実した日々の中で、しおりは救命講習や子ども向け防災教室の中心メンバーとして活躍するようになっていく。
かつて自分が小寺真由から教わったように、今度はしおりが子どもたちの目線までしゃがみ込み、「強く押してみよう!」と優しく声をかける。
「私も最初は何も知らなかった。でも、一歩踏み出したから今ここにいる」
「学びも、防災も、地域の未来も。」
大好きな須磨海岸の風を感じながら、最年少学生団員・海野しおりは今日も笑顔で街を守るための歩みを続けている。