綱敷 大地 EPISODE 00
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夢に破れて帰った街で――
親父の怒号とバール一本から始まった、俺の「覚悟」。

「東京で一旗揚げてやる」
高校を卒業してすぐに上京したものの、都会のスピード感となじめない人間関係にすり減り、結局わずか2年足らずで逃げるように神戸へ帰ってきた。22歳。夢も目標もなく、自分の無力さに打ちひしがれていた綱敷大地の帰郷を待っていたのは、地元で酒屋を営み、長年消防団の分団長を務める頑固親父・恒一の怒号だった。

「ブラブラ家にいるくらいなら店の手伝いをしろ! それから若い手が足りん、消防団に入れ!」

「はあ? なんで俺がそんな面倒なことやらなきゃいけねえんだよ!」

渋々酒屋の手伝いを始めさせられ、言われるがまま流されるように入団させられた消防団。
休日の朝早くから集められてやるホース延長訓練、夜間の見回り、防犯活動……。「こんなださい活動、一体何の意味があるんだ?」と、当時の大地は不貞腐れながら参加していた。親父への反発と、どこか冷めた気持ちを抱えたまま、あの日を迎えることになる。

1995年1月17日、午前5時46分。

凄まじい地鳴りと経験したことのない突き上げるような揺れ。暗闇の中で悲鳴が響き渡り、夜が明けるとそこには、形を失った街と立ち上る黒煙が広がっていた。
自分の家や酒屋の売り場も激しく荒れ果て、何が起きたのか理解できず立ち尽くしていた大地だったが、親父・恒一の顔つきが変わった瞬間を目撃する。

「大地! 呆然としてる暇はないぞ、詰所からバールと器具を持ってこい! 走れ!!」

恒一は半纏を羽織るやいなや、被災現場へ向かって真っ先に駆け出していった。親父のただならぬ気迫に背中を押されるように、大地も我に返り、重い鉄のバールを握りしめて後を追った。

倒壊した民家の前では、近所の住民が半狂乱で叫んでいた。
「助けてくれ! 中に息子が埋まってるんだ!」
恒一は危険を顧みず瓦礫の暗闇に顔を突っ込み、小さな泣き声を確認するや、息を呑むような怒声を上げた。

「大地! バールを隙間にねじ込め! 死に物狂いで持ち上げろ!!」

「うおおおっ!!」
大地は青筋を浮かべ、手のひらが擦り切れ血が滲むのも構わず、親父とともにバールに全体重をかけた。ミシミシと悲鳴を上げる巨大な梁。しかし、二人だけの力では限界があった。
その時、恒一の視線が横でショックのあまり固まっていた長身の若者――当時21歳の関守海斗を捉えた。

「兄ちゃん、手伝ってくれないか! あんたのその長い腕なら、奥まで手が届くだろ!!」

恒一の叫びで我に返った海斗が瓦礫の中に飛び込んできた。「頼む……持ち上がれぇぇっ!!」大地と恒一が血管を切り裂かんばかりの力で梁を持ち上げた一瞬の隙に、海斗が無我夢中で暗闇奥深くへ手を突っ込み、震える小さな幼い手を強く掴み取った。

「つかんだ! つかみました!!」
海斗が子どもを強く胸に抱きすくめて引っ張り出した瞬間、二人のバールが弾け飛び、ドスンと凄まじい音を立てて屋根が完全に崩れ落ちた。間一髪の救出だった。

へたり込む海斗、そして肩で息をする親父。大地は崩れた自分の店の売り場から、奇跡的に割れずに残っていた冷たいジュースをかき集め、二人へ走って持っていった。

手渡されたジュースを飲み干し、息を整えた海斗が掠れた声で尋ねた。
海斗:「大地さん……でよかったですか、あのおっちゃんと大地さんは一体何ものなんです? あんな倒壊現場にためらいもなく飛び込んで……」

大地:「ふっ、ただの酒屋だよ。……だけどな、俺と親父は『消防団』なんだ」

海斗:「消防団……?」

大地は自分たちが普段は店や会社で働きながら、いざという時に集まって街を守る消防団員であることを説明した。そして、東京から逃げ帰ってきた自分のこと、親父に無理やり入れられて「くだらない」と反発していた本音を打ち明けた。

大地:
「俺もさ、親父に強制的に入れられた消防団だから、訓練だとか見回りだとか、ほんと面倒くさくて『何のため?』って思ってた。……けど、今日すべて考えが変わったよ」

大地:
「だるかった訓練も道具の手入れも、全部今日この時のためにあったんだって分かった。親父の気迫も、お前が無我夢中で腕を突っ込んであの子を救い出した姿も……本気で震えたよ。あの訓練が無かったら、俺たちは今日、助けを求める命を目の前で諦めるしかなかった」

「おい、兄ちゃん。お前のその度胸、人を助けたいと思った直感は本物だ。
……俺と一緒に、この街守らないか?」

泥と血にまみれた自分の右手を凝視していた海斗は、一瞬フッと不敵に笑うと、擦り傷だらけの手を大地に向かって力強く突き出した。

関守海斗:
「関守海斗だ。……た…ただの運送屋だけど、よろしく」

「ただの酒屋」と「ただの運送屋」。瓦礫の中で強く握り合わされたふたりの手と手。その瞬間、同世代のふたりの間に、生涯消えることのない固い絆が結ばれた。

あれから30年。夢を見失っていた青年・綱敷大地は、偉大な父の背中を追い続け、今や須磨消防団の「分団長」として隊を率いている。
「俺たちの街は、俺たちの手で守る」――あの日の覚悟と、海斗と交わした約束を胸に、大地は今日も先頭に立って街を見守り続けている。