
「役職を退いても、防災に終わりはない。」
温かく地域を見守る姿(防コミ役員)
60年の誇りを纏う消防団服姿
現在は役職を譲り平団員として活動しながら、防コミや防災講話を通じて若い世代を温かくサポートしています。
経験のバトンを受け継ぎ、一緒にこれからの須磨を守っていく若い力を待っています。
温かい言葉と確かなノウハウが若手を育む
須磨消防団には、長年の現場経験を持つ大先輩たちが温かく見守る風土があります。訓練での指導はもちろん、地域の歴史や災害への備え、住民との向き合い方まで、一歩一歩優しく伝承される環境です。
- 大震災の教訓に基づいた実用的な防災知識と、揺るぎない信頼関係が根付いています。
- 若手の意見や新しい挑戦を尊重し、裏からしっかり支える頼もしい環境があります!
綱敷 恒一 団員から若い世代の皆さんへ
立場や役職が変わっても『人を助けたい』『街を守りたい』という想いは一切変わりません。
若い皆さんが一歩を踏み出してくだされば、それがわしら地域の大きな希望です。
不安なことはわしらが何でも教えます。どうぞ安心して飛び込んできてください。」
須磨消防団 団員(元分団長) / 須磨地区防コミ役員
綱敷 恒一(78)
綱敷 恒一 ~60年、須磨の街を守り続ける男の情熱~
1995年1月17日、未明。
激震が須磨の街を襲った直後、綱敷恒一は着替える間もなくパジャマ姿のまま夜の街へ飛び出した。
暗闇を包む黒煙と立ち上る炎の中、仲間の到着を待つ猶予など一秒もない。綱敷はたった一人で可搬ポンプへ駆け寄り、震える手でエンジンを始動させ、決死の覚悟で初期消火にあたった。

だが、同時多発する火災と断絶した水圧を前に、個人の力はあまりにも無力だった。
どんなに放水を続けても押し寄せる炎の勢いと、胸を締め付ける圧倒的な敗北感――。
目の前で奪われていく街並みを前に、綱敷は溢れ出る悔し涙を呑んだ。
「二度と、こんな悔しい思いを街にも仲間にもさせはしない――。」
その不屈の誓いこそが、その後の綱敷を支え、60年間一歩も引かずに須磨の防災と向き合い続ける原動力となった。
18歳で須磨消防団に入団してから60年。
分団長として長年にわたり地域防災の最前線を走り続けてきた綱敷は、78歳を迎えた現在、後進に道を譲る形で役職を退き、現在は一人の平団員として活動を続けている。
役職を退いた今も、「生涯一団員。防災への想いに終わりはない」という熱い信念が衰えることはない。
現在は一団員として訓練に参加しながら、須磨地区防災福祉コミュニティ(防コミ)の役員としても地域の防災訓練や小中学校での防災教室に足を運んでいる。
訓練でしゃしゃり出ることは少なく、若手団員たちが熱心に議論する姿を静かに見守り、ここぞという時に重みのある一言を残す。その一言には、半世紀以上の現場経験と震災を潜り抜けた凄みが宿っている。

普段は小太りの温和な体格と穏やかな笑顔で若手から「おじいちゃん」「ご意見番」と慕われる綱敷。
だが、防災の話題になった瞬間に宿る眼差しは、今も昔も変わらぬ鋭さだ。
須磨の安心は、こうして世代を超えてつながっていくんやな。」
静かに語る綱敷の背中に、須磨消防団60年の誇りと歴史がしっかりと刻まれている。
綱敷 恒一 (つなしき こういち)
・居住地: 神戸市須磨区在住
・役職: 須磨消防団 団員(元分団長) / 須磨地区防コミ役員
・消防団歴: 60年
・主な経験: 阪神・淡路大震災での初期消火活動
・役割: 消防団活動、防コミ活動、防災講話・防災教室、若手育成のご意見番・相談役
役職を譲り平団員となった現在も、現場や防コミ活動で汗を流しながら、若い消防団員たちを温かく見守る“頼れるご意見番”として地域から親しまれています!
📊 数字で見る須磨消防団
🚒 主な活動内容
- 実践的訓練:
消火訓練、資機材取扱、伝統知識継承訓練、救助指導など。 - 地域防災・啓発:
防コミ合同防災訓練、子ども向け防災教室、震災体験語り継ぎなど。
✅ 入団条件 (男女問いません)
- ✔️ 対象区域: 須磨消防団が管轄する区域内に居住、勤務、または在学している方
- ✔️ 年齢: 満18歳以上の方
- ✔️ 身体: 身体が強健な方
- ✔️ 国籍: 日本国籍の方