高嶺 遥人 EPISODE 00
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「この街の一員になりたかった」――
一袋のティッシュと須磨の風から始まった、若手エンジニアの選択。

京都府京丹後市。日本海の青い海と豊かな山々に囲まれた街で高嶺遥人は育った。幼い頃から山を歩くのが好きで、休日になれば山に入り、尾根を歩いては知らない道を進む時間が何より好きだった。

大学で情報工学を学んだ遥人は、卒業後に神戸市内のIT企業へ就職し、須磨区で一人暮らしを始めた。海と山が共存する須磨は、故郷をどこか思い出させる大好きな街。平日はITエンジニア、休日は大好きな須磨アルプスの「馬の背」を歩く充実した日々を送っていた。


しかし、須磨での暮らしが長くなるにつれ、ふと感じることがあった。仕事も順調で休日も楽しい。それでもどこか寂しい。近所の人が名前を知り、困った時は助け合っていた京丹後とは違い、自分はまだこの須磨の「ただの住人」でしかない気がしていた。

一袋のティッシュとイケてないホームページ

ある休日、馬の背を下山していた時、登山道脇でがっしりとした体格の大きな団員が爽やかな笑顔でティッシュを配っていた。
「須磨消防団です!消防団員募集中です!」

何気なく受け取ったティッシュをザックへ放り込み、遥人は思わず苦笑した。
「消防団って……筋肉マニアの集まりじゃないか……」
放水、訓練、体力勝負。ITエンジニアの自分とは縁のない世界――そう思っていた。

数日後の夜、残業を終えて帰宅した遥人は、テーブルの上に置きっぱなしになっていたティッシュに印刷された「須磨消防団ホームページ」の文字を目にする。気になってスマホで検索してみたものの、画面を見た瞬間思わず声が漏れた。
「うわぁ……ホームページ作った人には悪いけど、これはなかなかやな……」

古いデザインの画面には、派手さはなくても妙に温かい地域の日常が写し出されていた。画面越しに伝わるその小さなぬくもりが、遠く離れた京丹後で過ごした日々や、一人暮らしの中でずっと蓋をしていた故郷の面影を呼び覚ましていく。ふっと胸の奥が締めつけられ、スマホの画面が静かに滲んで輪郭を失っていった。遥人は小さく息を呑み、静まり返った部屋の中でただ画面を見つめていた。

須磨浦公園での訓練と、綱敷恒一との出会い

翌週の日曜日、須磨アルプスを下山し須磨浦公園の近くを通り掛かった時、山側から「送水開始!」と大きな掛け声が響いた。消防団の林野火災訓練だった。山の斜面へ延びていくホースラインをたどるように足を運ぶと、広場には多くの住民が集まり、歓声を上げながら訓練を見守っていた。

子どもたち、年配の夫婦、登山客、犬の散歩中の人。地域の人たちの中にいて、知られ、繋がっている存在。それはかつて京丹後で見た、地域総出で何かをする懐かしい空気と重なった。

「熱心に見とるな。」
声をかけてきたのは、少し日焼けした顔のどこにでもいそうな親父――綱敷恒一だった。立ち話の中で、遥人が趣味で山歩きやドローンをしており、IT企業で働いていることを知ると、恒一は豪快に笑った。

「これからの消防団には必要な存在や、けど誰もおらへん。ドローンを飛ばせるやつもおらん、ホームページをいじれるやつもおらん。SNSなんか分からん人間ばっかりや」

「あそこでホース持っとる体のでかい兄ちゃんは普段は運送屋さん、筒先持っとるんは仕事も子育てもしとるお母さんや。特別な人間やない、みんな普通の人や。ただな、この街が好きやから集まっとる」

『これからの消防団には必要な存在や』
その言葉が、遥人の胸の深くにじわりと染み込んでいった。
誰かの役に立っている実感もなく、ただ毎日職場とアパートを往復するだけで「自分は須磨のただの住人」だと思い込んでいた自分。そんな自分に向かって、「お前はこの街に必要な人間なんだ」と言ってもらえた気がして、胸の奥がじんわりと熱くなり、たまらなく嬉しかった。

踏み出した一歩と、これからの未来

陽の光を受けて輝く水しぶきと、子どもたちの歓声。その光景を見つめる遥人の胸に、揺るぎない強い想いが浮かんだ。
「ただ住むだけじゃなく、この街の一員になりたい」


帰宅後、テーブルのティッシュを手に取り、須磨消防団のホームページをもう一度開いた。この街で暮らしていきたい、街の人たちと繋がりたい――そのための第一歩を踏み出すべく、遥人は須磨消防団の門を叩いた。

一袋のティッシュと、出会いから始まった挑戦。

後に高嶺遥人は広報や防災イベント企画、SNS情報発信に取り組み、地域の子どもたちから慕われる存在へと成長していく。