家族を守りたい。その想いから始まった8年
姫路市で生まれ育った小寺真由は、結婚を機に神戸市須磨区へ移り住んだ。海と山が近く、歴史ある街並みと住宅地が穏やかに共存する須磨。暮らしやすい街だったが、移り住んだばかりの真由にとって、まだ心から「自分の街」と呼べる場所ではなかった。
近所の人とは、会えば挨拶を交わす程度。介護関係の仕事でさまざまな現場に入り、帰宅すれば家事と育児が待っている。長男はまだ1歳。夜泣きが続いた翌朝も、いつもどおり仕事へ向かわなければならない。自分のことを考える余裕などなかった。
それでも真由は、腕の中で眠る長男を見るたびに思っていた。
「この子だけは、何があっても守らなければ」
しかし、本当に何かが起きた時、自分に何ができるのか。その答えを、真由は持っていなかった。
暗闇の中で感じた無力さ
ある夏の夜。激しい雨と雷が須磨の街を襲った。夫は仕事で帰宅できず、家にいるのは真由と長男だけだった。突然、部屋の明かりが消えた。真っ暗になった室内で、長男が驚いて泣き始める。同時に、スマートフォンからけたたましい警報音が鳴り響いた。
窓を打ちつける雨。風に揺れる雨戸。遠くから聞こえるサイレン。真由は長男を強く抱きしめた。
「だいじょうぶ。ママ、いるよ」
長男へそう言い聞かせながら、自分の声が震えていることに気づいた。
「私は、この子に大丈夫と言いながら、何も分かっていない」
幸い被害には至らなかったが、翌朝眠っている長男の小さな手を握りながら、真由は何度も自分へ問いかけた。
「本当に災害が起きたら、私はこの子を守れるのだろうか」――答えは出なかった。
親子で参加した防災訓練と綱敷恒一との出会い
数週間後。近所の掲示板に貼られた「地域防災訓練」の案内が目に留まった。あの夜の警報音が頭から離れず、真由は長男を抱いて会場へ向かった。
会場には多くの住民が集まり、消防団員たちが真剣な表情で訓練を行う一方で、住民と笑顔で言葉を交わしていた。長男が真っ赤な消防車に手を伸ばすと、団員が目線までしゃがんで手を振ってくれた。人見知りも忘れて笑う長男。火事の時だけではなく、日常から地域に寄り添う人たち――そこには真由の知らなかった須磨の温かい繋がりがあった。
訓練後、たたずむ真由に声をかけたのは、地域防災の大先輩である元分団長・綱敷恒一だった。胸の中にたまっていた不安をぽつりぽつりと打ち明ける真由。黙って聞いていた恒一は、静かに言葉をかけた。
「それを考えた時点で、あんたはもう十分立派なお母ちゃんや。知らんかったらこれから覚えたらええ。できんことがあったら、できる者に頼ったらええ」
「小さい子を連れて避難する時の困りごと、ミルクやおむつが必要な家族の不安……それは経験した人にしか分からんことや。消防団は力持ちだけを集める場所やない。お母ちゃんの目線も、地域には必要なんや」
特別な人になれと言われたわけではない。今の自分の経験が誰かを守る力になるかもしれない――その言葉が真由の胸の奥深くに届いた。
家族への相談と、制度を知って決めた覚悟
「消防団の説明を聞きに行きたい。何か起きた時、この子を抱いて震えているだけの自分でいたくない」
帰宅後、夫に想いを打ち明けた。心配する夫とともに詰所を訪れ、消防団の活動内容や制度について一つずつ確認を行った。
【説明で知った消防団の身分と制度】
- 非常勤の特別職地方公務員としての責任と公務災害補償
- 階級に応じた年額報酬、出動手当、退職報償金制度
- 仕事や子育ての都合を互いに連絡し、仲間で支え合う組織体制
正式な責任と家族を支える制度が整っていること、そして互いに補い合える環境を知った夫は、「やってみたいなら家族で支えよう」と背中を押してくれた。
初めて青い団服に袖を通した朝。1歳の長男は目を見開き、片言で声を上げた。
「ママ、かっこい」

暗闇の中で震えていた母親は、家族を守るために学び始める母親へと変わった瞬間だった。
あれから8年
現在、真由は40歳。長男は9歳、長女は5歳になった。仕事と子育てを続けながら活動に参加し、応急手当講習や子ども向け防災教室など、活動の幅を広げている。
怖がらせず「自分にもできる」と思ってもらえるよう分かりやすく話す姿勢は、地域の子どもたちや若い団員からも慕われている。家に帰れば、「今日も消防団だったん?」と子どもたちが目を輝かせて出迎えてくれる。
「家族を守りたい。その想いが、地域を守る力になる。」
太陽のような笑顔で前を向く小寺真由は、今日も家族と大切な須磨の街を守り続けている。